世界遺産の町から〜ジアマンチーナヨシマツ
生産者紹介
吉松早苗さんは1946年5月22日、山口県熊毛町(現周南市)に7人兄弟の末っ子として生まれました。
1965年12月にブラジルに渡るまで、日立電車で溶接工として働いていました。当時の日本の海外移住計画のなかにブラジルも含まれており、この中のコチア農業組合が提案する「コチア青年」というプロジェクトに参加し、夢を抱いてブラジルに渡ります。
まずカストロという入植地でジャガイモ栽培をし、雇農として生計を立てていましたが、さらなる飛躍のため1971年パラナ州マリンガに行きます。
ここでは農場経営者となり、はじめて自分の農場を持ちます。さらに飛躍するため、1974年に家族とともにミナス州ジアマンチーナで新たな挑戦を始めます。
ジアマンチーナはポルトガル語で「ダイヤモンド」を意味する通り、昔から金やダイヤモンドの産地で、あまり農業には適さない土地です。町から少し離れたところで、野菜作りを始めました。野菜栽培は順調にすすみ、さらに夢だった「コーヒー栽培」を行いたいと考えます。ところがこの地域は国によりコーヒーの栽培には適さないとされており、コーヒー栽培に欠かせない国の融資が受けられません。
それでもどうしてもコーヒーを作りたいという一念で、1978年すべて自費で6000本のコーヒーを植えます。本来なら国の融資を受け、トラクターなどの機械を揃えてから行うのが普通ですが、吉松さんはすべて手作業で行いました。このような危険を冒しながら、「コーヒーなどできない土地」「国も見放した土地」といわれた場所で、1980年に最初の収穫を迎えます。これが高品質だったことには非常に感動しました。その後、国もこの土地をコーヒー栽培適合地として認め、農場は順調に拡大していきます。
長男リカルドさんは西村農業学校で最新式の農業を学び(ここであの下坂さんの長男・優さんと同級生に)、今の農場経営の礎を築きます。リカルドさんは、農業経営にいろいろな改善点を加え、コーヒー栽培に欠かせない灌漑設備や乾燥機、倉庫、収穫機などを充実させます。特に今は環境保護を目的にした、自然を大事にする農業に取り組んでいます。
常にチャレンジし続ける吉松さん、それを受け継ぐ子供たち。今までコーヒーがとれないとされてきたジアマンチーナで、吉松さんの農場では80ヘクタール以上もの農地でコーヒーを栽培しています。
大黒屋は2016年よりヨシマツ珈琲を使用
20年近くお世話になってきたシモサカ珈琲は生産終了のためもう飲むことができません。
この20年間に下坂さんは日本に来ると当店にも足を運んでくださりブラジルに渡った時の苦労話やご家族のこと、珈琲ができるまでの様々な知識・品種・日本の珈琲事情など何も知らなかった私たちに色々な事を教えてくださいました。
下坂さんとの出会いがあったからカフェを始めるきっかけになり、また夏期に生産する珈琲ゼリーも生まれました。これからも感謝の気持ちは変わりません。そして今、下坂さんから紹介していただいたヨシマツ珈琲と出会い、またこのご縁を大切にしていきたいと思います。
ヨシマツ珈琲の特徴
雨が少ないということがナチュラルコーヒー収穫にとって非常に適しています。また鉱物資源が豊富なところ(農場内には水晶がごろごろ落ちています。)は味に与える影響もよく、浅煎り、中煎り、深煎り、どのポジションでも風味豊かな特徴のある味があります。
まだまだ知られていない「ジアマンチーナヨシマツ」ですが、
日本のみなさんに味わっていただけることを願って吉松さんと息子さんたちは日々丹精込めて作っています。